心の家路
持っていないものをどうやって手渡したらよいか
〜どのように『ビッグブックのスポンサーシップ』を活用するか〜

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2013/01/22

●増刷記念

『持っていないものをどうやって手渡したらよいか』
 〜どのように『ビッグブックのスポンサーシップ』を活用するか〜

(この文章は、ジョー・マキューの著作『ビッグブックのスポンサーシップ』の書評の続きとして書かれました)。

『ビッグブックのスポンサーシップ』AAに限らず12ステップのグループは「メッセージを運ぶ」ことを目的にしています。ではそのメッセージとは何か。ステップ12には「このメッセージを伝え」と書いてありますが、その言葉の前には「これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め」とあります。

ステップ1〜11をしっかりと経験することで、私たちは霊的な目覚め(spiritual awakening)を体験し、これによってアディクションから完全に解放されます。僕の考えでは、伝えるべきメッセージとは、霊的な目覚めとその目覚めに至る手段としてのステップです。12番目のステップで、私たちはこれを次の人に伝えていきます。

しかしながら、ビッグブックの第11章の終わりには「自分がまだ手にしていないものを人に手渡すことはできない」と書かれています。自分が持っていないものを分かち与える事はできないのです。

つまり私たちは、スポンサーや他の仲間から受け取れなかったものを、次の人に手渡すことができません。もし受け取っていないものを手渡すとすれば、渡したものはAAではなく、その人の考え方になってしまうでしょう。ダビングを繰り返したビデオテープの画像が悪くなっていくように、あるいは伝言ゲームの聞き間違いのように、人から人へと伝えられていくプログラムが劣化し、もとのメッセージが歪められていくことは避けられません。

ジョー・マキューは、これを「AAのプログラムが薄められた」と表現しています。何十年かのあいだに、もともとAAにはなかった様々なものがAAの中に持ち込まれ、AAのプログラムは薄められ続けてきました。いろいろをAAに持ち込んだ人に悪意があったとは思えません。きっと良かれと思ってやったことでしょう。けれど、回復に効果がないまでにプログラムが薄められてしまった結果、AAで回復する人は10人に一人もいなくなってしまいました。これは、今の日本のAAに起きている現象と同じではないでしょうか?

ではすでにAAにいる私たちはどうすればいいのでしょう? 私たちには、次にやってくる人たちに対して責任があります。自分さえ良ければ良しとはできません。また、薄まったプログラムしかないAA共同体で、これから酒をやめようとしている人は、どうすればいいのでしょうか?

たとえば海の向こうのアメリカには、原型に近いAAプログラムが残っているのは確かなようです。だからといって、アメリカに移住するというわけにもいかないでしょう。アメリカに渡り、あちらでプログラムを受け取って日本に戻っているAAメンバーが何人かいます。彼らが周りの人たちに手渡し、受け取った人がまた周りの人に手渡し・・・とピラミッド式に増えていけばきっと素晴らしいことが起こるでしょう。僕も彼らの話を聞くのが大好きです。

それでもいくつか問題が残ります。まず、スポンサーシップというのは、一人に多数がアリのように群がるというわけにはいきません。一対一の関係である以上、一度に多くは相手にできませんし、一人に手渡すのにもある程度時間がかかります。つまり、広がるのに時間がかかるのです。距離の問題もあります。たとえばそういうメンバーが東京に一人いるとしても、地方から東京に足繁く通って受け取るのは(僕の場合には)難しいことです。
また、もう一つのことも忘れてはいけません。一度起こったことは二度起こるでしょう。つまり、広がっていく過程で過去と同じようにプログラムが薄まることもあり得ます。
私たちには現実的な解決方法が必要なのです。

ではどうすればいいのか?
それは、AAの初期の歴史に答えがあると思います。ビッグブックの冒頭にあらましが書かれていますし、『AA成年に達する』にはより詳しくあります。

ビル・Wとドクター・ボブの二人が出会った後、3年あまりでAAメンバーは100人にまで増えました。今の日本のAAの成長速度と比べると驚異的です。けれど、彼らは成果にちっとも満足していませんでした。なぜなら、アルコールで苦しんでいる人は世の中にたくさんいたからです。どうやって多くの人にメッセージを伝えたらよいか、彼らの意見は大きくふたつに分かれました。
まず、外部から資金を調達し大々的にAAを宣伝すべきだという意見がありました。一方、AAはあくまでも個人対個人によって伝えられていくべきだという意見がありました。両者の激しい議論の後に(AAの進歩が常にそうであるように)妥協が行われ、メッセージが伝わる一冊の本を出版することで合意しました。その本が『アルコホーリクス・アノニマス』=ビッグブックであるのはご存じの通りです。

AAが全米に広がっていったのは、最初の百人が全米に散って、各所でAAグループを立ち上げていったからではありません。ビッグブックが販売され、それを受け取ったアルコホーリクが藁をもつかむ真剣さで、その本の内容を実行し、ステップ12によって人々を助けることでAA共同体が成長していったのです。ビッグブックは、最初から「これ一冊でメッセージが運べる本」として考えられ、その目的を達成していきました。その過程で、各グループとビル・Wが構えていたオフィスとの書簡の往復や、グループ相互の訪問が役に立ったのは間違いありません。けれど、最初のメッセージを運んだのは一冊の本でした。
たとえば、北米以外の国で最初にAAが立ち上がったのはオーストラリアですが、アメリカ人が海を渡ってAAを伝えたのではなく、この本と医療関係者の努力によってオーストラリアAAが始まったのです。

現在、ニューヨークのGSO(AAWS社)が「完全な形でのAAメッセージは、もはや本の中にしか残っていない」という立場を取るのは間違っていないと思います。

身近に良いプログラムを抱えたスポンサーがいない以上、私たちにできることはビッグブックからプログラムを受け取ることしかありません。しかし、本を読むことで回復できたという人は一人も知りません。おそらく、私たちの頭の中に頑固に残っている「自分の古い考え」というやつが、本の内容を理解し、そのとおりに実行することを拒んでしまうのでしょう。
腕の良いスポンサーは、スポンシーの「頑固な自我」を取り除き、新しい考え方や生き方を吸収させる術に長けています。学生にとって良い教師に巡り会うことは人生の幸運です。けれど、良いメンター(導き手)に恵まれないのが私たちの問題だとは、繰り返して言うまでもありません。

孤立している私たちは、ともかく自分で学ぶしかありません。教科書(ビッグブック)だけでわからなければ、参考書を買ってくるしかありますまい。ジョー・マキューの『ビッグブックのスポンサーシップ』は、メッセージそのものを運ぶ本ではありませんが、私たちがビッグブックのメッセージ=AAのメッセージを身につけ、それを次の人に渡すのを強力にサポートしてくれます。

本を読んだだけでは回復しないのは当然です。けれど、私たちは行動する前に、まず何をすればいいのか知る必要があります。目的地まで手を引いてくれる人がいない以上、地図で道順を良く確認するしかありません。地図を持たずに旅をすれば、きっと間違ったところへたどり着いてしまうでしょう。AAのミーティング会場は、出発点であって目的地ではありません。

密度の濃いメッセージを抱えたスポンサーがいないのは、残念なことです。けれど私たちはその不幸を、真剣さ(意欲と正直さと開かれた心)と自習で跳ね返していくしかありません。それは生身のスポンサーの助けがないぶん、厳しい道のりでしょう。さらには、生身の人間同士の受け渡しに固執する人たちから、いわれのない非難をうけることもあるかもしれません。でもそれでも良いではありませんか。私たちに必要なのは自らの目覚めと仲間の回復であって、賞賛や名声ではありません。たとえ「えせスポンサー」と呼ばれようとも、捨て石になることこそがAAプログラムなのですから。

(『ビッグブックのスポンサーシップ』の書評はこちらです)。


入手先など: 以下のリンク先は「心の家路」の一部ではなく、「依存症からの回復研究会」のページです。