中井久夫『世に棲む患者』対話編「アルコール症」 4

「入院したら、きみはどうする?」

「点滴して電解質を正し、肝庇護に葡萄糖を入れ、時には非常識量のビタミン氏を初め、向神経性ビタミンを加え、よくルシドリールか何かを入れる。振戦せん妄は最後の良心の現れで、治療のチャンスだというシュルテの見解もあるけれど、私はせん妄を防ぐほうだ。アルコール症の人は、一見大丈夫にみえても、どこか神経系をやられていることが多い。内科的に親切に看護することは、アルコール症の場合にもよい効果がある。こういう状態は二週間くらいで終わる。後は一見普通の人だから、扱いが微妙だ。一見普通に見えるのに、絵画テストやロールシャッハ・テストをしてみると、慢性分裂病かと思う例が結構ある。こういう構造のゆるいテストで暴露され、構造の硬いテスト、たとえば知能検査やクレペリン作業テストではあまり欠陥がでない。画なんかでは統合失調症と似ているが、社交性は一見よいし、職業的行為はちゃんとやれるところが違う。その代わり、人格の芯は統合失調症より崩れているかも知れないね。たとえば、統合失調症の人にとって、言葉は重い。重すぎるくらいだ。しかし、アルコール症の人には言葉は紙のように薄っぺらだ。私は、アルコール症の人の行動を信じ、言葉は信じない。両方とも信じなければ治療関係が成り立たないから――。で、禁酒を誓っても、気のない言い方で、「ああ、それは結構」くらいの返事をする。「酒を断って三カ月になります」と言えば、「三カ月は三カ月の値打ち、一年なら一年の値打ちだね」と言う。これは、実績はそのかっきりの価値を認めるという意味だ。それ以上にも以下にも評価しない。これが、患者にとって結局いちばん楽なのだ。

 入院中、重要なのは、文化祭とか何かの催し物で役につけないことだ。あくまで平(ひら)で参加してもらう。いろいろ気の利いたことができるので、つい使ってしまうが、こうした患者は、外での劣等感を内で威張り人を使うことで代償しようとする。この味を覚えると、治りがぐっと悪くなる。部屋の責任者にすると病棟のボス化したりする。その代わり、奇装をしたり、髭を立てたりすることは認める。髭は立てたら剃らないように勧める。これは男性の象徴である。これを簡単に母親や妻の「何よ、むさくるしい」という台詞で剃ってしまうことが多い。こういう去勢的な台詞を家族に禁止しておくのが重要である。実際、ヒゲを立てた患者の予後は一般によい。

 退院の時には、「酒を止めたということを友人にいわないこと」と言う。実は気が付かれるのが意外に遅いことを味わってもらう。他人は、それほど自分に関心を持っているわけでないという現実を体験してもらうことだ。耐えられなくて言ってしまう人は、どうも予後が悪い。もう一つ、酒を止めたことを知ったら友人が「おまえはえらい。あんな好きな酒をよく止めたな。意志が強い。だから、どうだ、この一杯を飲んで、また止められるだろう」という、そういう悪友が現れるものだと予言しておく。友人にこう言われると、自分の意志が強くて大丈夫だという気になるものだ。だが、これは悪魔のささやきだ。「私はそれを酒をやめたという友人にやったことがあります」と告白する人が少なくないね。それがヤマ場で「俺はそっちは卒業したからジュースにする」生言うかどうかに今後がかかっていると告げる。

 後は外来でやるわけだが、時に遅い子が生まれたりするのは良い徴候だ。妻が「このごろ性が強くて困ります」といえば、「一時です」と一言う。アルコール症のインポテンスは、生理的なものだけではないと思う。酩酊の時には非常に自分中心になっている――あかごのようにというべきか――ので、自分を性的に開くことができず、相互性のない、力ずくの性になりやすく、ここでアルコールの作用によるインポテンスが露呈するのだと思う。そして、例の劣等感、恥が顔を出して、性的接近を避けるようになるのだろう。恥辱感による悪循環から救われたら何とでもなると思う。かなりの年寄りでもできることである。生理的衰微は、相互の接近で充分カバーできると思う」

「再発したらどうする?」

「まず、患者の顔を心配そうに見て、首を振って、何もいわずにできるだけ大きな注射器を使って注射する。点滴よりこちらのほうがいいんだが。こちらの顔をみたらすこし大げさな身ぶりで、ニヤッと笑う。武士の情だね。これで済む場合もある。だめなら、七転び八起きだね」

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