中井久夫『世に棲む患者』対話編「アルコール症」 5

「きみの扱った例の予後はどうだい」

「葛藤主題がはっきりしている例はよかったな。葛藤主題がはっきりしていると、治療のタイミングを選ぶことができる。今裁判中とか、紛争中とか、そういう時には健康を維持するに留めて、もっと雌の時を待つより仕方ない場合もある。非常に社会的地位の高い人は、非常に低い人くらい治療が難しいな。ある程度より偉くなると、飲みつづけるままで周囲がカバーしちゃうんだ。男性性を回復した例はよかったな、象徴的次元であれ、現実の次元であれ、ね。それから、老人が意外にいい。統計をみても、四〇代より五〇代、それより六〇代と飲酒率が減ってる。酒に見放されるということがあるのだ。うまく見放して貰えばいい。私の父は酒豪だったが、六五歳くらいで酒に見放されたらしい」

「きみは、アルコール症だという自己規定を患者に叩きこまないのだね」

「いや、「きみには酒は合わない」と言ってある。それ以上はしない。私にはアルコール症だというアイデンティティを患者が強烈に持つということは、彼らのブラック・ユーモアに現れているマゾヒズムに奉仕しているような気がする。短期的にはいいが、長期的にはどうかな」

「そういうやり方はどこで見つけたのだい」

「正直にいうとタバコを止めようとして何度も失敗した自分の体験だ。タバコはなかなか止められなくて、ついに止めたのは、自分の病院に病気で入院した時で、看護師さんにとがめられるのが恥ずかしくて止めた。この機会でないとやめられないだろうという気もあった。せっかく入院したのだから、とせめてもの収穫にしたい気もあった。しかし、振り返って見ると、ぼつぼつタバコに見放されかけていたのかも知れない。タバコを吸うと多少息苦しくなっていた。今日は元気だ、タバコがうまいというのは、あれはほんとうだね」

「薬は何を使う?」

「安定剤としては、古い薬ではレボメプロマジンが好きだった。肝臓障害が気になるが、飲んで肝臓をこわすのと天秤にかける。少量でいい。この薬は、不安を静める以外に、不安とはちょっと違うと思うが、目の前にあるものに手を出さずに我慢するのを助けてくれるようだ。あのじりじりした感じを和らげるのだね。「おあずけ」を耐えやすくするみたいな。この薬を米国でもっぱら強迫症に使うのも、強迫行為を我慢しやすくするのだろう。逆に強迫症に効く薬をアルコール症にも使う。クロキサゾラムとかブロマゼバムだね。しかし、本人が止める気がなければだめなのは、どんな薬でも同じだね」

「精神療法は?」

「今述べたことが精神療法的だと思う。強力な精神療法には私は賛成しない。だいたい内面化することができないからアルコールに走るんだから。絵画療法のほうがすこしましかな。でも、どうでもいい細部にうんと時間をかける人が多いのでやりにくい。粘土を使うほうがいいようだ。いずれにしても補助手段だが、意外なことを教えてくれる場合もある。仕上げに長くかかるのはどうしてだろう。飛躍がないということか。箱庭では、現実にあるもの、たとえば宝塚遊園地といったものを作る。こういう創造性の乏しさも、シュルテが脱核化Entkernungと呼んだ事態だろう。外側は残っているが人格の芯が焼け落ちているということだ。統合失調症より治りがいいとか、軽いとか言えないのではないかな。早期発見、早期治療がありえないせいもあるかな。酒を飲んで味が判らなくて、しかもだんだんピッチが上がる青年、または欲求不満の際に飲酒がまず頭に浮かぶ青年は止(や)めるほうがよいだろうね」

「断酒会やアルコーリツク・アノニマス(AA)はどう思う?」

「ああいうやり方を否定しているわけじゃない。私のは精神科医単独でせん妄状態で担ぎこまれた患者を治療しなければならなかった時代に作った方式だ。断酒会向きの人とAA向きの人とがあるね。向き向きでいいんじゃないか。いずれの方式でも治癒率は二〇パーセントくらいというね。私の考えは、強いていえば、そうだなあ、アルコール症の治療者には宗教的信念を持った医師がやや多くて、それで治る患者もいるだろうけれど、その外にはみ出た部分を対象にするものかな。私の考えの底には、タバコ一つ止めるのに苦労した自分だからアルコール症の人を意志が弱いとは到底思えないということがあるね。私はアルコール症の人より自分のほうが、「意思が強い」なんて思ったことはないね」。

(「兵庫精神医療」八号一九八七年)

文庫版への付記-私はアルコール症の専門家では全然ないが、こういう関与をしていた。

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