DSM-5ドラフトでは用語「依存」使用せず、その意図を読み解く

たいせつなことに気がつく 嗜癖精神医学は「鬼っ子」【医師レポート】
http://yaplog.jp/yuuki_sperm14b/archive/349魚拓

上記からのコピペですが、元ネタはおそらくこちら

シンポジウム 嗜癖精神医学は「鬼っ子」【医師レポート】
DSM-5ドラフトでは用語「依存」使用せず、その意図を読み解く
http://www.m3.com/open/academy/report/article/143507/
平成23年度アルコール・薬物依存関連学会合同学術総会
 松本俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所)

 2011年10月14日に行われた平成23年度アルコール・薬物依存関連学会合同学術総会のシンポジウム「"物質依存"から"多様なアディクション"へ ―なにが違って、なにが同じなのか―」で、「アディクション概念の理解と意義」と題した発表の一部を報告する。

 2010年、米国精神医学会のワーキンググループは「DSM-5ドラフト」において、従来の「物質関連障害substance-related disorder」というカテゴリー名を、「嗜癖とその関連障害addiction and the related disorder」(2011年に入ってから「物質使用と嗜癖性障害substance use and addictive disorder」へとさらに改変」)と変更し、「依存dependence」という用語の使用を取りやめるという大胆な提案をし、専門家間で議論を巻き起こしている。

 嗜癖精神医学は精神医学の「鬼っ子」である。「嗜癖/依存症」という疾病概念は、米国の市民運動から誕生したという非嫡流的出自を持っており、医学はそれを追認し、もっともらしい形式に整えただけだった。そうした「付け焼き刃作業」ゆえに、1977年にWHOが定義した「依存症候群」が、後に様々な不整合を呈したとも考えられる。

 まずは、「嗜癖」と「依存」の相克ともいえる嗜癖精神医学の歴史を振り返り、なぜ今日、「依存」という言葉が消え行く流れになっているのか概説する。

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社会学的概念から医学的概念へ

 嗜癖/依存の問題は社会の発展と無縁ではない。依存性物質の多くは特別な日だけ楽しむ珍重品であったが、生活が豊かになるにしたがい日常的な嗜好品となった。やがて、様々な弊害が明るみになると、それに溺れる者は「嗜癖者」と呼ばれ、嘲笑の対象となる。

 米国では、建国(1776年)より約1世紀の間、飲酒にきわめて寛容であった。しかし、19世紀初頭、飲酒の社会的・医学的弊害が明らかになると禁酒運動が起こり、禁酒法(1919-1933年)へ発展した。一部の運動家は、「酩酊、不摂生、習慣的な飲酒はすべて病気」であり、「酒を適量に飲むことの延長線上にもたらされる自然な帰結である(=進行性)」と指摘しており、アルコール問題は「病気」として理解されるようになった。当事者による民間団体「アルコホリクス・アノニマス(A.A.)」は、発足以来一貫して「アルコホリックは、アルコホリズムという進行性の病気に罹患している」という疾病モデルを採用している。

 イェール・アルコールセンターのJellinekは、アルコホリズムをアルファからイプシロンという5つの臨床類型に分類し、うちガンマが中核群であると考え、(1)アルコールに対する耐性上昇、(2)離脱症状と病的な渇望によって証明される身体依存、(3)飲酒コントロール喪失の存在、という特徴を持つ病態と定義した。Jellinekは、「コントロール喪失」を重要な症候と見なしていた。「一杯飲んだらとまらない」という病気に罹患した者の飲酒行動は「原因において自由な行為」ではなく、免責、少なくとも情状酌量される必要性があると指摘している。1954年には、Jellinekらの努力が実り、米国医学会はアルコホリズムが正真正銘の医学的疾患であることを宣言した。

 だが、用語や概念は依然として混乱していた。「アルコールという物質使用のコントロール障害」と「物質使用の結果生じたアルコール関連障害」との混同を整理したのが、Edwardsを代表とするWHO専門部会であった。1977年、WHO専門部会は、これら2つの概念を区別し、その基底に「依存」という病態が存在するとした。さらに、アルコール依存を行動面・精神面・身体面という一連の特徴的症状から構成されると捉え、「アルコール依存症候群」と命名した。

 Edwardsらの定義は、Jellinekのガンマ・アルコホリズムの概念をそのまま発展させ、整理したものといえる。しかし、両者の間には力点の置き所に微妙な差異がある。Jellinekは「飲酒コントロール喪失」という精神面の変化(=精神依存)を、Edwardsらは「離脱症状」や「耐性」といった身体面の変化(=身体依存)を重視していたのである。

身体依存 vs. 精神依存

 身体依存を核とした依存概念には限界があり、依存症診断における身体依存の優位性に疑義が突きつけられた。例えば、終末期患者への鎮痛薬や一部の抗うつ薬などの投与による身体依存があること、中枢刺激薬(覚せい剤やコカインなど)には精神依存はあるが身体依存はないこと、催幻覚薬(大麻、LSDなど)では身体依存の存在が不明瞭なのに、習慣的使用を断ち切れない者が存在することなどである。

 もう1つ、依存症概念を揺るがしたのは、病的ギャンブリング、買い物依存などの病的浪費、過剰な性行動、習慣性自傷行為などといった嗜癖的行動に対する概念拡張(偏執狂monomania)である。判断力や知的能力が保たれ、思考障害や人格の荒廃がないにもかかわらず、特定の行動に対する内的衝動をコントロールできないという意味では、「コントロール障害=精神依存」ということができる。こうした患者の多くは、これらの行動の直前に強い緊張感と過覚醒的感覚を自覚し、行為遂行とともに緊張緩和や安堵感を体験しているが、この現象自体が嗜癖的行動と物質依存症との相似的な関係を示している。

 このように、「物質依存症の本質は身体依存か?精神依存か?」といった命題は、時を経て何度も議論された。しかし今日、問題の焦点はもはやこの次元には存在しない。洲脇によれば、依存性物質はそれぞれ異なった作用により、共通した脳内報酬系を形成しているという。この脳内報酬系は、中脳腹側被蓋野のA10細胞に起始し、中脳辺縁系ドーパミン神経路が中心となり、GABA神経系、グルタミン酸神経系などにより形成されている。つまり、依存性物質の本質は「脳内報酬系のドーパミンレベルを上昇させる」点にある。嗜癖的行動においても、脳内報酬系が関与している可能性が示されている。

 これだけの知見が提示されても、なおも「物質依存症と嗜癖的行動とを峻別すべき」と主張する臨床家、研究者は少なくない。嗜癖/依存症について我々が知っていることは、まだ全体のごく一部にすぎないのである。

DSM-5ドラフトにおける「嗜癖」概念の復活

 2010年4月に発表された米国精神医学の新しい精神障害診断分類案「DSM-5ドラフト」では、「物質関連障害」セクションに2つの重大な変更が提案されている。

 1つは、物質使用障害下位カテゴリーに存在した「依存」および「乱用」という概念が消失し、「使用障害」に一本化するという提案である。確かに、「依存」は身体依存に力点を置いた医学的概念である一方、「乱用」は文化や法令により規定される社会学的概念であり、分類として未成熟の部分があった。DSM-5ドラフトは、依存診断における身体依存の優位性を減じるとともに、乱用診断における社会規範に依拠する項目を削除したことで、逸脱的な物質使用の様態は、「使用障害」として一元的に整理した。必要に応じて重症度評価や生理学的依存の有無を追記することで、逸脱した使用様態を個別的に表現できるようになっている。筆者はこの考え方に賛成である。なぜなら、精神保健的支援において介入を要する問題は、物質依存だけではないからだ。「依存」という概念があるばかりに、精神科医療関係者のあいだに、「依存は医学的治療の対象だが、乱用は司法的対応、もしくは本人の自己責任」という誤解を招いている。

 もう1つの重要な提案は、「物質関連障害」の名称自体を、「嗜癖およびその関連障害」(その後、「物質使用と嗜癖性障害」に変更: いずれにしても「依存」という診断カテゴリーは消失している)へと変更するというものである。しかも、病的ギャンブリングをこの「嗜癖およびその関連障害」のセクションに含めることを提案し、将来の検討課題として、インターネット依存とセックス依存を提示している(その後、パブリックコメントを受けて、病的ギャンブリングは再び「衝動制御障害」のセクションに戻されている)。

 なぜ米国精神医学会は今さら「嗜癖」という用語を採用したのであろうか?――おそらく、この「嗜癖」という用語は、偏見を助長する侮蔑的表現としてではなく、より新しい意味をまとって復活したと理解するべきである。物質関連障害作業部会はこう説明している。「鎮痛剤やβ遮断薬のように、医学的管理下での薬物治療においても身体依存を呈する薬剤は少なくないが、だからといって、通常、これらの治療薬を服用中の患者は治療の対象とはならない。治療を要するかどうかの基準は、必ずしも身体依存の有無に依拠せず、どのくらいその人が物質使用にとらわれ、逸脱的・不適応的な行動をもたらしているかである」。この発言は、物質依存の中核的問題は、身体依存の有無ではなく、人が物質にとらわれ支配される事態――Jellinekのいう「コントロール喪失」であり、今日風にいえば、「精神依存」ということになる――であることを改めて確認したものである。いずれにしても、DSM-5ドラフトの考え方が2013年に正式に採用された場合、嗜癖/依存症臨床のあり方が大きく様変わりする可能性があるだろう。

 今日、アディクション/依存症は、単に依存性物質に関する概念だけにとどまらず、健康や社会的関係を破壊する習慣や衝動行為にまで広がりつつある。いまや精神科医療の現場には、患者によって様々なアディクション/依存症的問題が持ち込まれ、医師は助言と治療を求められている。その意味では、今この問題は、DSM-Ⅲ以降米国精神医学会のリストから消失した「神経症」に代わる、「21世紀の神経症」のポジションにあるといえるかもしれない。

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