03) 続・ディレンマ

以下の理屈は、僕なりの理解を書いただけなので、ここで僕が恥をかくぶんにはいっこうに構わないのですが、誰かに話して恥をかいても責任は取れません。では始まります。

「時間」という名前を使うと、物理学的な時間を想像してしまうので、「メタ時間(超時間)」という名前を付けることにしましょう。

メタ時間はビッグバン(宇宙の始まり)より前から続いていて、この宇宙が終焉を迎えた後も続いていくということにします。ビッグバンより前を知ることは出来ないので、メタ時間に始まりがあるのか、それとも無限に続いているのか、観測によって知ることは出来ません。
よって私たちは、頭の中で(机の上で)思考することで、メタ時間が有限なのか、無限なのか決定するしかありません。

さて、メタ時間が「無限である」とは、始まることもなく、終わることもなく、永遠に続いているということだとします。そのように決めます。

テーゼ:メタ時間は無限であって、始まりも終わりもない。
という前提で話を進めて、矛盾がないか考えます。

で、現在があるということは、過去の時間が経過して「現在までに終わっている」ということであります。永遠の時間が完結して過去になったわけです。 でも、メタ時間には終わりがないという決めごとから早くも逸脱しています。「永遠」の長さが「完結」するのも矛盾してしまいます。ということは、メタ時間 が無限だという前提が間違っていたのであり、メタ時間は有限ということになります。

アンチテーゼ:メタ時間は有限であって、始まりや終わりがある。
ビッグバン以前は時間はなかったわけでしょうが、メタ時間は単なる観念ですから、それ以前にいくらでも延長できます。メタ時間に始まりがあるのなら、「始 まるより前」だってあるわけです。そして始まる前にもメタ時間は延長できます。こうやって「始まる前」に無限に延長できる以上、メタ時間に始まりはなく (終わりもなく)永遠に続いていることになります。

というふうに、Aという前提から反対のBという結論に、また逆のBという前提からAという結論に達することを「二律背反」の本来であるというのが、僕の理解です。

二律背反は理屈の到達点ではなくて、出発点なんだそうですが、出発してどこに行くのかは僕には理解不能であります。

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