ヤマアラシのジレンマ

Das Dilemma der Stachelschweine - 「心の家路」のブログ

[8/17] ビッグブック・スタディ in 東京

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●「無力」って、どういうことなの?
●ハイヤーパワーって?どう信じればいいの?
●性格上の欠点?短所?それってなに?
●棚卸しがうまくいかないんだけど・・・
●ステップ6・7って、祈ればいいの?
●埋め合わせってなにをするの?
●霊的(スピリチュアル)に生きるってどういうこと?

このような疑問、すぐそばに答えが見つかるかもしれません。今回のセミナーでは、二人のファシリテーターがビッグブックと図を使いながら、12ステップを分かりやすく案内します。

ステップに取り組みたいと思っていても、立ち止まっていませんか?あるいは、新しい視線でステップを見直してみたいと
"どこかで何かのきっかけを探していませんか?"

さぁ、あなたもこのセミナーで、ビッグブックを片手に「新しい出会い」をしてみませんか?

■ご案内■

Big Bookスタディin 東京

日時:2019年8月17日(土)10:00~16:30(開場9:30、昼休憩や小休憩を挟みます)
※おおよそのスタディスケジュールは16:00までとしておりますが、お時間の余裕を持ってご参加下さい。

会場:聖イグナチオ教会 ヨセフホール 東京都千代田区麹町 6-5-1
http://www.ignatius.gr.jp/annai/access.html

アクセス:JR 中央線/東京メトロ 地下鉄 丸の内線・南北線 四ツ谷駅下車(徒歩1分 上智大学手前)

費用:参加費 1,000円

定員:50名

申し込み/お問い合わせ:bbsintokyo@gmail.com

e-mailによる事前のお申込みのみ受付けさせて頂きます。

持ち物:ビッグブックと筆記具をお持ち下さい(ビッグブックの貸し出しはございません)。
昼食は各自でご手配下さい。

主催:Bigbookスタディin東京2019 有志の会

http://bigbook.tokyo/tokyo2019

bbstokyo2019-500.jpg

アメリカのAAミーティングのホワイトボード写真

DSCF5692.JPGアメリカのAAのスタディ・ミーティングで講師役のAAメンバーがホワイトボードに描いたステップ1の説明。Physical Allergy(身体のアレルギー)とMental Obsession(精神の強迫観念)というステップ1を理解する上で重要な二つの概念が解説されています。(写真をクリックすると拡大します)。

「無宗教」が世界の第3勢力、日本では人口の半数占める=調査

「無宗教」が世界の第3勢力、日本では人口の半数占める=調査
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPTYE8BI02P20121219

[18日 ロイター] 調査機関ピュー・リサーチ・センターが18日発表した世界の宗教動向に関する調査で、キリスト教、イスラム教に続き、「無宗教」の人口が3番目に多いことが分かった。

同機関は調査に当たり、2010年の各国国勢調査や登録人口などの調査資料約2500件を分析。その結果、キリスト教徒が世界人口の31.5%に当たる約22億人と最も多く、世界のあらゆる地域に広く分布していた。2番目に多かったのはイスラム教の約16億人で、全人口の23%だった。

また、確立された宗教を信仰しない「無宗教」の人口は約11億人で、そのうち6割以上が中国に住んでいることも分かった。日本は人口の半数以上に当たる約7200万人が無宗教で、中国の次に多かった。ただ、無宗教とされる人たちの多くが何らかの精神的な信仰を持っていることも指摘されている。

また調査は、イスラム教とヒンズー教信者が増加する見通しを示す一方で、ユダヤ教徒はその見込みが最も低いとしている。

日本もだんだん中国化していくのでしょうかねぇ。まあ、無神論と無宗教も違うしなぁ。

怒りのコントロール、「善意ある祈り」が効果的

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怒りのコントロール、「善意ある祈り」が効果的=調査
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-20221820110324魚拓

 [ニューヨーク 23日 ロイター] アメリカの科学者らが行った調査で、怒りを和らげるには、信仰の有無に関わらず善意を持って祈ることに効果があることが分かった。パーソナリティ・アンド・ソーシャルサイコロジー・ブレティン(電子版)で発表された。

 共同で調査を行ったオハイオ州立大学のブラッド・ブッシュマン教授は「人が怒りをコントロールするのに祈りに効果があることが分かった。おそらく(祈ることによって)怒りの元となった現象を違う観点から見直し、あまり個人的なものとして受け止めないようにすることができるのだろう」と述べた。

 調査では最初、米大学の学生53人を対象に怒りや気持ちの落ち込み、緊張、疲労、気力などの感情のレベルを測る質問を行い、次に怒りの反応を誘発するような状況下に学生を置いた。その後、学生にがん患者についての新聞記事を読ませ、無作為に選んだ一部の生徒には患者のために祈る、または思いを寄せるよう求めたところ、患者のために祈った生徒の怒りのレベルが低下したという。

 また、ブッシュマン教授がミシガン大学のライアン・ブレムナー氏などと実施した別の研究でも、同様の結果が得られたという。

「患者への析り」効果研究

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「患者への析り」効果研究
(2010年4月6日 朝日新聞 beワーク やさしい医学リポートより)

 私がこれまで読んだ論文の中で一番驚いた研究を紹介しよう。
 患者以外の他人が患者の回復を願う「とりなしの祈り」の効果が研究されている。1999年の論文では、米国のある病院の心臓病集中治療室に入室した990人を祈禱(きとう)群と比較群に分けた。祈禱群の患者1人につき祈禱者5人が、患者に知らせず4週間祈った。入院日数などに差はないが、集中治療室での経過(合併症の発症など)は祈禱群の方が約10%良かった。
 2005年の論文では、米国の9病院で心臓カテーテル検査や治療を受ける748人を祈禱群と比較群に分けた。祈禱群の患者にキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教の祈禱者のチームがつき、患者に知らせず5~30日祈った。半年後の死亡・再入院・主な合併症を合わせた割合は、祈禱群も比較群も37%で差はなかった。
 二つの研究は、患者の「現在」の病気が、「将来」、回復するよう祈る点が共通している。しかし、筆者が驚いた次の研究では、「神が、過去→現在→未来という時間の流れに縛られるとは限らない」として、患者の「過去」の病気が回復するよう「現在」の時点で祈り、効果を調べた。
 イスラエルの1大学病院に敗血症で90~96年に入院した3393人を、入院から4~10年後、すでに退院したり死亡したりした時点で、祈禱群と比較群に分けた。そのうえで「過去」に向かって患者の回復のために祈った。すると、祈禱群は比較群と比べて、死亡率の差はないが、入院日数が短く(祈禱群7日、比較群8日)、発熱期間も短かった。
 英国医学雑誌に01年に掲載されたこの論文は、同誌に代替医療の大家から物理学者まで登場して数年にわたり論争が続けられた。筆者自身は、比較群に入院期間が極端に長い患者がいたため、見かけ上、祈禱群の入院日数が短くなった偶然の結果と考える。とはいえ、大学病院でこうした研究が行なわれ、一流誌に発表されたことに、驚きと共に医学の奥深さを感じた。 (東北大教授 坪野吉孝)

坪野さんのブログ(http://blog.livedoor.jp/ytsubono/)に他のコラムもあります。

WHO憲章の健康定義改正案(spiritual,dynamic)まとめ

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WHO憲章における「健康」の定義の改正案について
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1103/h0319-1_6.html魚拓

  • 従来、WHO(世界保健機関)はその憲章前文のなかで、「健康」を「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」

    "Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity."

    と定義してきた。(昭和26年官報掲載の訳)

  • 平成10年のWHO執行理事会(総会の下部機関)において、WHO憲章全体の見直し作業の中で、「健康」の定義を「完全な肉体的(physical)、精神的(mental)、Spiritual及び社会的(social)福祉のDynamicな状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」

    "Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity."

    と改める(下線部追加)ことが議論された。最終的に投票となり、その結果、賛成22、反対0、棄権8で総会の議題とすることが採択された。

WHO憲章における「健康」の定義の改正案のその後について(第52回WHO総会の結果)

http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1110/h1026-1_6.html魚拓

1.標記については、平成11年5月17日から5月25日まで、スイス・ジュネーブにおいて開催された第52回WHO総会において審議された。

2.総会のB委員会(総務、財政、法的事項を担当)において、数カ国から憲章前文について討議すべきとの意見も出されたが、現行の憲章は適切に機能しており本件のみ早急に審議する必要性が他の案件に比べ低いなどの理由で、健康の定義に係る前文の改正案を含めその他の憲章に係る改正案と共に一括して、審議しないまま事務局長が見直しを続けていくこととされた。

WHO憲章の健康定義が改正に至らなかった経緯
http://ghe.med.hokudai.ac.jp/Others/WHOHlthDfntnRev.htm魚拓
臼田寛、玉城英彦 世界保健機関
Ⅰ.健康定義改正案が生まれた背景
Ⅱ.改正に向けての具体的動き
Ⅲ.世界保健総会での審議結果
文献

WHO(世界保健機関)が50年以上前に、健康の定義として...
http://q.hatena.ne.jp/1241586285魚拓

おくりびと:「納棺夫日記」との違い

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おくりびと:「納棺夫日記」との違いは?なぜ原作ではない?(1)宗教色薄めて家族を描く
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20090302mog00m200033000c.html

特に後半部分は、青木さんが納棺師という仕事に就き、身近に死を感じることで得た宗教観や死生観をつづっている。

『歎異抄(たんにしょう)』に示された親鸞の思想や、臨死体験を思わせる宮沢賢治の詩を繰り返し引用し、生と死が一体化したときに見える<ひかり>について言及している。この著書は、青木さんの納棺師という体験を経ての哲学的、宗教的な思索の軌跡が読みどころになっている。

映画では、人の死に際しての場面が頻繁に扱われている。しかし、特定の宗教色は感じさせない。また、人の生死について、登場人物が垂直に思索を深めるような場面もあまりない。
おくりびと:「納棺夫日記」との違いは?なぜ原作ではない?(2) 多くの共通点も
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20090302mog00m200034000c.html

おくりびと:「納棺夫日記」との違いは?なぜ原作ではない?(3止)「納棺夫日記」著者・青木さんに聞く
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20090302mog00m200035000c.html

送られてきたシナリオを見るとね、親を思ったり、家族を思ったり、人間の死の尊厳について描かれているのは、伝わってきて、すばらしいんです。ただ、最後がヒューマニズム、人間中心主義で終わっている。私が強調した宗教とか永遠が描かれていない。着地点が違うから、では原作という文字をタイトルからはずしてくれって、身を引いたんです。

――宗教色や生死への哲学的な思索が薄くなって、わかりやすくなったということはないでしょうか。

青木さん 複雑です。死者と生者のきずなが大事だよと映画は教えてくれるけど、最後は「癒やし」なんですよね。そこで止まっていたら、やがて人間中心主義・ヒューマニズムは、自己中心主義になるのではないでしょうか。癒やしだけだと、その場を取り繕うことになりかねません。におい消しみたいなもので、においそのものを断っているわけではない。においそのものを断つには、宗教的なものが必要になるんです。本を書いたときから、なぜ宗教を書いたのって、言われました。(より専門的に宗教を書いた)3章を書かなかったらノンフィクションの賞に推薦すると言った人もいました。でも宗教に目覚めたのは、3000体の遺体を送ってきた経験からですよ。元々勤めていた会社の社員に読ませようと思って刷ったんですから。

AAなどの自助グループ(Mutual Aid Group)も、人と人の絆とか、人のぬくもりとか、人による癒しに流れてしまうと、スピリチュアルな側面が薄れてきて、やがて人間関係のトラブルがあっただけで「AAに失望したからミーティングに行きたくない」とか言い出す輩が出てきてしまいます。
「人の力の限界」こそが自助グループの根源であることを忘れてはならないと思います。

家は心にある

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宋文洲「家は心にある」
http://www.soubunshu.com/article/114484851.html

家は心にある

「家」、「ホーム」。東洋も西洋も大変心響く言葉である。「家に帰ろう」の
一言は弱った人々の心をどれほど救い、冷えた魂をどれほど暖めてくれるだろ
うか。

「家」は建物ではない。「家」は家具と内装ではない。「家」は戸籍の構成で
はない。「家」は家族同士の愛であり、心の絆である。だから住むところは狭
いところでもいい、借家でもいい、頻繁に変わってもいい。太陽が沈み闇が支
配する頃、愛し合う家族が集まる。その場所は「家」となるのである。

「家」を実感するのは妻の「お帰りなさい」であり、夫の「ただいま」であり、
子供の「今日は・・・」の報告である。いつもの人と一緒に風呂に入る、いつ
もの料理を口にする、いつもの人とキスする。「家」はその瞬間に心に入り込
んでくる。「家」は心にある。

マイホームのためにローンの返済に励む。一軒家のために会社に必死にしがみ
づく。家から離れないために2時間もかけて通勤通学する。心が納得すればそ
れぞれの選択が正しいだろう。しかし、もしそれによって心が疲れきっている
ならば、心の「家」を探してほしい。

子供が大きくなると何を覚えるだろうか。「家」の広さではない。「家」の豪
華さではない、「家」の所有者ではない。子供たちが覚えているのは「家」で
何を食べ、何を教えてもらい、何を体験したかだろう。

「家」が作られるが、やがて消える。子供たちが自分の「家」を持ち、元の
「家」にたまに戻る。愛する人が天国に行き、「家」にはとうとう最後の一人
が残る。往時の絆と愛を思いながら天国での新しい「家」を夢見る。「家」は
心にある。

(夕刊フジ2009年2月18日「宋文洲の会社員哲学」より)
夕刊フジ 「宋文洲の会社員哲学」
http://www.yukan-fuji.com/mt/plugins/Estraier/seek.cgi?blog_id=1&phrase=%E5%AE%8B%E6%96%87%E6%B4%B2%E3%81%AE%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E5%93%A1%E5%93%B2%E5%AD%A6

#自分用美貌備忘
夕刊フジ「引きこもる大人たち」
http://www.yukan-fuji.com/mt/plugins/Estraier/seek.cgi?blog_id=1&phrase=%E5%BC%95%E3%81%8D%E3%81%93%E3%82%82%E3%82%8B%E5%A4%A7%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1