その1
飲酒のコントロールを失う病気
健康な人であれば、お酒を飲むことも、飲まないでいることもできます。また、飲むならば、「どれぐらい飲むか」 「いつ飲むか」 「どこで飲むか」をコントロールすることができます。飲んだら都合が悪い時には、(我慢しなくても)飲まずに過ごすことができます。体の調子が悪くなれば酒を控え、元気になったら適量を楽しむことができるのです。
アルコール依存症という病気は、このコントロールが次第に失われていく病気です。
コントロールができているなら、アルコールが原因のトラブルは避けて通れるはずです。そうでなく、酒を飲んでのトラブルが繰り返されるなら、それはコントロールができていないのです。
「アルコールのことで、あれこれ指図を受けたくない。余計なお世話だ」
と本人が考えるようになったら、それはもうトラブルが繰り返されている証拠です。だからこそ、家族・親戚・友人・同僚などが、彼(彼女)のことを心配して言うのですが、残念なことに本人にはコントロールする能力がなくなっているので、飲みつづけている限り、トラブルは解消しません。
ビッグブックから
飲んでいるときの気分や態度は、しらふのときとは似ても似つかない。しらふの彼は世界で最も素晴らしい人間であるかもしれないが、飲んでしまったら最後、危険な、吐き気のする、反社会的な存在に変わることが多い。(中略)酒以外のことがらについては、実にまともだし、バランス感覚も取れているのに、酒がからむと、信じられないほど不正直で自分勝手になる。彼は社会的能力、技能、才能を備え、有望な仕事についていたりする。その天から授かった才能で、家族と自分自身のために明るい未来を築き上げようとしている。だがやがて彼は、一連の見境いのない深酒によって、自分でその未来をみんなぶちこわしてしまう。
第二章p32-33
(AAWSの許可のもとに再録)
アルコール依存症の人は、意志の力が弱いから、酒でトラブルを起こすわけではありません。道徳心が欠けているからでも、自制心が効かないからでもありません。単に、病気なのです。
「ついつい飲みすぎてしまい」、「酔っ払ってはいけないときに酔っ払ってしまい」、「飲んではいけないところで酒を飲んでしまう」。飲む量もコントロールできなければ、飲んだ結果もコントロールすることができない。飲酒のコントロール障害がこの病気の本質です。
「今日は少量で切り上げよう」と決意しながら、結局は毎日酔いつぶれるほど飲んでしまう。酒の買い置きが切れていないか昼間から気になって仕方ない。宴会で人が注いでくれるのを待たずに、手酌で飲んでしまう。家族に隠れて酒を飲む。飲んだ量について嘘をつく。などなど。
こうした行動は、すべてアルコール依存症の兆候だと言えます。