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アルコール中毒(アル中)とアルコール依存症は違うのですか?

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2005/07/23 

答えから言いますと、いわゆるアルコール中毒(アル中)とアルコール依存症は同じ病気です。

アルコホリズム(alcoholism)という英語の病名に対して、日本では昭和50年ごろまでは「(慢性)アルコール中毒症」という病名を使っていました。略称として、アルコール中毒アル中といった呼び名がつけられていました。

中毒というのは、飲食物や薬の中の毒性によって体が不調になることを言います。たとえば食中毒は、サルモネラ菌・ボツリヌス菌・大腸菌O157といった毒のある細菌が原因であったり、フグの内臓の毒が原因であったりします。ストーブの換気が悪ければ一酸化炭素中毒になりますし、サリン事件の被害者はサリン中毒です。

このように毒のある物質による体の不調を中毒というのですが、どちらかというと短期間に症状が出てくるものに「中毒」という名前が与えられています。現在では(鉛中毒のような例外はありますが)長期間にわたって毒を取り込むことで症状が出ることに「中毒」という言葉は使われなくなってきました。たとえば最近のニュースでも、アスベスト(石綿)の摂取を「アスベスト中毒」とは呼ばず、「アスベストによる健康被害」と伝えています。

アルコール中毒症は「慢性」と「急性」に分かれていました。急性アルコール中毒というのは、大学生がコンパでイッキ飲みをして倒れて救急車で運ばれたりするケースを指します。この場合にはアルコールが急性の毒として働いているわけです。急性の方は現在でも「急性アルコール中毒症」と呼ばれています。

これに対して「慢性アルコール中毒」を中毒と呼ぶのはふさわしくないという考え方が広まってきました。また何かに熱中しすぎることを「中毒」と呼ぶ風潮が当時あって、たとえばテレビに熱中すればテレビ中毒、マンガに熱中すればマンガ中毒と呼ばれたりしました。こうした背景には「慢性のアル中は、酒に熱中しすぎる人々」であり、アル中は道徳的な問題だという誤解があるのではないかという指摘もありました。

折りしも、アメリカの精神医学会(APA)やWHO(国際保健機関)が、精神病の分類を改める時期にもあたっていました。アルコホリズム(alcoholism)には、アルコール依存症(Alcohol Dependence)という病名が与えられました。

アルコール依存は、広くは物質依存(Substance Dependence)のひとつであり、他の依存物質として、アヘン類・大麻類・鎮静剤あるいは睡眠剤・コカイン・カフェイン・幻覚剤・タバコ(ニコチン)・揮発性溶剤・アンフェタミン(覚醒剤)・抗不安剤・これら複数の多剤への依存が並んでいます。

アルコール依存症が精神医学の言葉であったために、アルコール依存症という言葉は主に精神医学の分野の人々に使われるようになりました。

一方、アルコールの乱用は精神だけでなく、肉体にも大きなダメージを与えます。アルコール性肝炎や肝硬変・肝ガン、アルコール性膵炎・糖尿病、アルコール心筋症、食道動脈瘤、大腿骨骨頭壊死、弱視など、アルコールが原因で発生する体の不調はきりがありません。そこで、精神だけでなく、肉体の病気も含めた概念として「アルコール症」という病名が考え出されました。アルコール症という呼び名は、主に内科医療の分野や保健衛生の分野の人に使われるようになりました。
しかし、アルコール症という病名は、アルコール依存症(アル中)という病名の受け入れを拒む人たちに病名をつけるための便法であるという側面があるように僕には思われます。

さて、アメリカ・カナダのAAでは、この病気のことを alcoholism と呼んできましたし、アメリカ映画やテレビを見ればわかるとおり、この病気の英語での一般名はアルコホリズムです。

日本のAAでは、最初の10年あまりは「アルコール中毒」という訳語を使っていました。この病気の人は「アルコール中毒者」と呼んでいました。AAで、今でも「アル中」という言葉が一般的に使われているのは、こうした経緯があってのことです。(アルコホーリクス・アノニマスは「無名のアルコール中毒者たち」でした)。

しかし、この病気を「中毒」と呼ぶのはふさわしくないという考えが一般的になったとき、AAも alcoholism の訳語を変更せざるを得なくなりました。しかし、アルコール依存症は Alcohol Dependence の訳語であること。アルコール症という言葉も、英語の alcoholism の訳として適切でないこと。など結局適切な訳語を決めることができず、カタカナの「アルコホリズム」をそのまま使うことにしたのでした。この病気の人(alcoholic)は「アルコホーリク」となりました。(アルコホーリクス・アノニマスは「無名のアルコホーリクたち」になりました)。

AAの様々な本やパンフレットが品切れになって増刷されるたびに、アルコール中毒という言葉は「アルコホリズム」に、アルコール中毒者は「アルコホーリク」に置き換えられていき、およそ10年かかって、ほぼすべての本の変更が終わりました。
おそらく、よほどのことがない限り、今後AAが「アルコホリズム」「アルコホーリク」という言葉を変えることはないでしょう。

というわけで、もしあなたが「アル中」という言葉に対して「アルコールに熱中しすぎる病気」という昔ながらの考えをお持ちならば、「アルコール中毒(アル中)とアルコール依存症は同じである」というのが答えであります。
一方で、現在ではアルコール中毒という病名は、もっぱら急性の症状に対して使われるもので、(慢性の)アルコール依存症について中毒という言葉は使われなくなっています。ですので、「アルコール中毒とアルコール依存は別の病気である」とも言えます。

余談を挟みますが、アルコール依存症の人が、お酒を飲み過ぎて命が危なくなり、救急車で運ばれたとします。この状態は急性症状ですから病名をつけるとすれば、アルコール中毒(Alcohol Intoxication)になるのでしょう。

アルコール中毒という言葉に未だに偏見がつきまとっているのは事実です。この病気を「心理学的な問題」とか「道徳的な問題」はたまた「単なる社会不適合者」ととらえている人はまだまだ多く、アルコール依存症であることをカミング・アウトすることは相当の勇気が必要であるのが現状です。

さて、1975年に書かれたAAの本に『どうやって飲まないでいるか』があります。この本の中に「AAでは、酒をやめている期間にかかわりなく、自分のことを“アル中”と呼ぶ人と“アルコホーリク”と呼ぶ人がいる」と書かれています(P136〜P137)。

原文を当たってみますと“アル中”は drunk (酔っぱらい・飲んだくれ)で、“アルコホーリク”は alcoholic です。続けて「“アル中”には気さくな雰囲気があり、エゴを本来の姿まで収縮させ、飲んでしまう傾向を忘れずにいさせてくれる」とあります。“アルコホーリク”という言葉も、現在はともかく、過去には日本語のアル中と同じ偏見につきまとわれたものでした。しかし、アメリカ・カナダのAAは“アルコホーリク”という言葉には偏見がつきまとっているから別の言葉に代えていこうという動きをしたことはなかったようです。

日本のAAでは、自分のことを「アル中の〜」と呼ぶ人もいれば、「依存症の〜」と呼ぶ人もおり、また「アルコホーリクの〜」という言葉を使う人もいます。どれも自分に正直な言葉だと言えますが、好んでアル中という言葉を使う人が多いのは、その言葉につきまとった偏見を受け入れた上で、なお「気さくな雰囲気があり、エゴを本来の姿まで収縮させ、飲んでしまう傾向を忘れずにいさせてくれる」言葉として愛用されているからでしょう。
そういう意味では、日本のAAでの「アル中」という言葉は、アメリカのAAでの drunk という言葉に相当するものなのかもしれません。

さて、「AAの12のステップ」の最初は「アルコールに対して無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた」であります。断酒会の「断酒の誓い」の最初は「私たちは酒に対して無力であり、自分ひとりの力だけではどうにもならなかったことを認めます」であります。
どちらも自分が病気であることを認め、助けを求めることが回復の第一歩になっています。

このことは逆に言えば、アルコール依存症は「否認の病気」であり、「病気であることも、助けが必要なことも認めたがらない」のがこの病気の特徴であることを物語っています。否認の状態が続いたまま、どんどん病気が進行してしまい、大切なものを失ってしまう病気でもあります。

「アルコール中毒」という言葉につきまとう偏見が「病気を認める」ことの妨げになり、それが回復への障害となるなら取り除くべきだという考え方があります。
断酒会の方が使う言葉に「酒害」があり、この病気の人のことを「酒害者」と呼びます。きっと病気の人(アル中の人)を治療に結びつける「介入」に役立っていることでしょう。

アメリカでも“アルコホーリク”という言葉につきまとった偏見が邪魔になったことがあるようで、「問題ある酒飲み」「問題飲酒者」(problem drinker)という言葉が、AAの本のあちこちに見受けられます。
たとえば、本人しか出席できないクローズド・ミーティングには、自分のことを“アルコホーリク”だと認めている人ばかりでなく、「自分に飲酒の問題があるかも知れない」と思っている人なら誰でも参加できることになっています。

アルコール依存症の本質は深刻なものですが、強固な否認が治療の妨げになることも多く、洋の東西を問わず言葉をオブラートでくるむ便法も必要とされているのかなと思わせます。

さて、最後の話になりますが、いくら今の日本で外来語が氾濫していると言っても、alcoholism という病気の一般名が「アルコホリズム」になったり、その病気の人を「アルコホーリク」と呼ぶようになることはないだろうと、僕は思っています。
アメリカでは精神科医にかかるまでもなく、内科のドクターが患者をAAや治療施設に紹介するということが一般的になってきていると聞きます。日本では、アルコール依存症の診断ができる内科医師は(全体から見れば)ほんの一握りにすぎず、精神科への紹介をするか、患者や家族に精神科への転医を拒まれてしかたなく内科的治療を続けているケースがありふれているのではないでしょうか? だとすれば「アルコール症」という言葉が一般化することもないと予想しています。

最終的に病気を宣告する役目は精神科医にゆだねられており、その病名が「アルコール依存症」である以上、一般での名前も「アルコール依存症」が通用していくと思われます。

「アルコール中毒とアルコール依存症は同じか違うか」という質問が出てくる背景には、アル中という言葉につきまとっている「道徳が崩壊した人間」「反社会的な存在」「だらしのない自分勝手」という偏見があると思われます。AAも、断酒会も、まっとうな精神科医も、こうした偏見に対しては断固として「ノー」と言います。アルコール依存症は完全な疾病であり、自分勝手でなるものではありません
しかしながら治療を拒んで飲み続ければ、最終的には偏見の示すとおりの「反社会的で危険な反吐のでるような存在」になりはててしまうのも事実です。この偏見にはそれが生まれることになった原因があるのです。

あえて、最後の最後に個人的な意見を付け加えるとしましょう。「アルコール中毒とアルコール依存症は同じか違うか」という質問の動機は、自分や家族が「偏見の対象」に分類されてしまったのかどうか確かめたいという気持ちであることが多いように思います。だとするならば、「アルコール中毒とアルコール依存症は違いますよ」と言って安心させてあげることが、必ずしも最善の道だとは思いません。回復可能な病気であることを伝えると同時に、「10年後には半数が死んでしまう」深刻な現実も伝える必要があると思っています。

だから僕は、病院の患者さんやご家族からこの質問を受けるたびに「同じ病気ですよ」と答えることにしています。

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